「溺れ」の定義に入る前に、近年の水難事故の発生状況はどのようになっているのでしょうか？

厚生労働省の発表しているデータによると、自然水域での溺死・溺水による死亡者数そのものは減少傾向です。
これだけ見ると水難事故は確実に少なくなっています。
しかし、レジャー白書によれば、海水浴と釣りの参加人数も減っているため、この減少を考慮しなければ水難での死亡者の状況を正確にとらえることができません。
実際、海水浴と釣りの利用者の減少を考慮した比率を使って死亡者数を換算すると、むしろ増加傾向にあることがわかります。
つまり、水難事故に遭う可能性は高くなっているとも解釈できます。
同じようにドライブ人口の減少を考慮した交通事故の死亡者数は減少傾向にあることを考えると、水難事故への対策を推進することが急務であることがわかります。

こうした状況を打開すべく水難事故に関するデータを収集していく過程で、「溺れ」に関する認識が専門家と一般の人々の間で異なるだけでなく、統計データを収集している行政機関の間でも水難事故、海難事故として収集している情報が異なることがわかってきました。

溺れに関係する概念の中で、「溺水」と「溺死」については医科学的な定義に基づく共通理解があります。「溺水」は水などの液体が気道に入ることにより呼吸機能に障害が発生することで、「溺死」は溺水により死に至ることを指します。

これに対し、「溺れ」については明確な概念がありませんでした。海のそなえプロジェクトでは、2024年に「国民の水域利用と水難事故に関する意識調査」を実施し、「約5人に1人が溺れの経験がある」という結果が出ていますが、「溺れとは何ですか？」という質問に対しては、大量に水を飲み込む、呼吸が乱れてパニックになる、自力で陸や地上に戻れないといった状態・状況も「溺れ」と考えている人が多いという結果でした。また、行政機関が収集しているデータについては情報の定義が異なり、何を「水難事故」「海難事故」として計上するかが異なることもわかってきました。

減少させるべき「溺れ」とは何なのかがはっきりしなければ、効果的な対策を検討するためのデータを収集することができません。海のそなえプロジェクトとして「溺れとは何か」を整理する必要があると考えました。

収集したデータに基づき、海のそなえプロジェクトは、「溺れ」を以下のように定義します。
「溺れ＝自然水域・プールにおける溺水、または 溺水に繋がる状態・状況」
これは、医科学的に定義された「溺水」に加えて、「浮き輪がひっくり返る」「足がつかない」「沖に流される」といった「溺水につながる状態・状況」も含む概念です。

更に、この「溺れ」を救助機関（警察、海上保安庁、消防、ライフセーバー）の関わりの有無によって、大きく2つに分類しました。
「重度な溺れ＝救助機関の関わるもの、事故として扱われるもの」
「軽度な溺れ＝救助機関の関わらないもの、事故に至らないもの」

こうした分類が必要と考えたのは、それぞれの溺れに関するデータの取り方に違いがあるからです。「重度な溺れ」は救助機関が関与しているため行政データや報道データに何らかの形で記録されますが、「軽度な溺れ」は救助機関が関わっていないため、重大な事象であっても記録されない可能性が高いです。例えば、浮き輪で沖に流されたが自力で戻って来ることができた場合や、足がつかないところで溺水に近い状態になったとしても、周囲の人に助けられ救助機関が関わらなかった場合は記録されません。一方、水難事故を未然に防ぐためには、どういう行動をしていているときに溺れたのかや溺れの直前に発生したアクシデントなど、「人はどのように溺れるのか？」という溺れの過程に注目することが重要です。

海のそなえプロジェクトでは、「人はどのように溺れるのか？」に迫るため、「重度の溺れ」については報道調査、「軽度の溺れ」についてはヒヤリハット調査を実施しています。また、これらに行政データの情報も加味し、2025年から「これで、おぼれた。『おぼれ１００』」というコミュニケーションツールを提案しています。
詳細はそれぞれのページをご覧ください。

2025年もまもなく夏本番を迎えます。水難事故をめぐる社会の在り方を少しでも改善していくために、海のそなえプロジェクトは、今年も様々な取り組みを推進していきます。是非、WebサイトやInstagramをご覧ください。